カルマ/BUMP OF CHICKEN の解説‼

どうもこんにちはシュンです。 

今日はカルマという曲の解説をさせてもらいます。

~カルマについて~

 ゲームソフトの「テイルズオブジアビス」の主題歌としてBUMP OF CHICKENさんが2005年に作りました。僕がこの曲を知った理由はこのゲームです。ゲームはサブタイトルに「生まれた意味を知るRPG」といわれていて色々と考えさせられるものでした。この曲の歌詞がストレートに胸に刺さります。そもそもカルマとは結果を導くための人間の行為という意味らしいです。

 


BUMP OF CHICKEN『カルマ』

~歌詞の解説~

”ガラス玉ひとつ 落とされた
追いかけてもうひとつ落っこちた
ひとつ分の陽だまりに ひとつだけ残ってる”
 
 これは導入部分です。ガラス玉は人を表していると思います。ガラスは割れやすく人も脆いことを表しているんだと思います。それが何かに落とされた。落とされた玉(人)を救うために落ちた。もともといた場所には落とした玉(人)がもともと自分のいたところ(立場)にいたという歌詞です。主題歌になったゲームの初期に主人公に当てはまってて心に来るんですよね。
 
心臓が始まった時 嫌でも人は場所を取る
 奪われない様に 守り続けてる
 汚さずに保ってきた手でも 汚れて見えた
 記憶を疑う前に 記憶に疑われてる
 
 ここ歌詞は人は生まれたときに必ず立場という場所を持ち、それを失われないように守ってるいるが元々そこの立場にいた人から奪い取ったのではないかと自分を疑っているという意味です。主題歌になったゲームの初期に主人公に当てはまってて心に来るんですよね。
 
 ”必ず僕らは出会うだろう 同じ鼓動の音を目印にして
  ここに居るよ いつだって呼んでるから
  くたびれた理由が 重なって揺れる時
  生まれた意味を知る”
 
 これはサビです。導入部で話した助けに落ちたガラス玉や同じようなことを経験したガラス玉が同じ目的や意志を目印に集まるという意味です。さらに自分や仲間が疲れ意志が揺らぐとき自分の存在価値に気づくという意味です。
 人は弱くなる時こそ周りからの応援や慰めにより自分の存在に気づかされるという風に考えたこと無かったので何か気づかされた感じになりました。
 
 ” 存在が続く限り 仕方無いから場所を取る
  ひとつ分の陽だまりに ふたつはちょっと入れない
  ガラス玉ひとつ 落とされた 落ちた時 何か弾き出した
  奪い取った場所で 光を浴びた”
 
 1番の歌詞とは反対側の歌詞ですね。自分のいた場所を奪われてしまったから奪い返し光を浴びたという意味です。
 
数えた足跡など 気付けば数字でしか無い
 知らなきゃいけない事は どうやら1と0の間”
 
 ここの足跡とは今まで自分がやったことだと思います。
 これまでやったことは所詮成績でしかないんですよね。一番知らなきゃいけないことは0から1へ作り出す方法という意味です。ここで重要なのは人から奪った立場で成績を出しても意味なく、意味あるのは元々自分のいた立場から成績を残していくことに意味があることです。
 
初めて僕らは出会うだろう 同じ悲鳴の旗を目印にして
 忘れないで いつだって呼んでるから
  重ねた理由を二人で埋める時 約束が交わされる”
 
 これは2番のサビです。奪い取ってしまった側と奪い返した側の同じ悲境の立場として協力し合うという意味です
 
鏡なんだ 僕ら互いに それぞれのカルマを 映す為の
   汚れた手と手で 触り合って 形が解る”
 
 この両者ともに似ているんですよね。だからこそ自分を知れるという意味になってます。
 
ここに居るよ 確かに触れるよ
 一人分の陽だまりに 僕らは居る”
 
 奪い合った居場所も争わなくても共存できるという意味です。
 
忘れないで いつだって呼んでるから
  同じガラス玉の内側の方から”
 そうさ 必ず僕らは出会うだろう
 沈めた理由に十字架を建てる時
  約束は果たされる 僕らはひとつになる”

 

 十字架から僕は争いがなくなると思いました。共存、協力することで一つになれるという意味です。

 

今回は雑になってしまいました。すいません。

この曲はゲームをクリアしないと分かりづらいと思います。

ぜひクリアしてみてください!

解説してほしい曲も教えてください!